続・昔話。その後8 完

2010年03月05日 00:00

「続・昔話。その後8」


2008年の冬季練習に入り仕事でのポジションが変わって忙しく練習時間が減りました。


メンタル的にもやられてしまって、今の僕とは比べ物にならないくらい…
((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル


そして毎晩毎晩、酒・チョコ・酒・チョコ…


その結果は、常時体重80kgオーバーという奇跡を生みました!!
Σ( ̄□ ̄|||) ガビーン!


まぁ~~正直なところいいわけで「練習をしなかった」というわけです。


その結果、2009年は散々でした…


一回だけ14”29が出たもののほとんどが14”4台か5台@@@


その代わりと言ってはなんですが、物凄く悪いタイムも無かったです♪


原因としては練習していなかったこともありますが、つま先を意識した走りに変えたのが原因だったようです。


ちょっとした意識で全く走りが変わるしタイムも変わる。。


僕自身の走りはダイナミックに見えて実は繊細なのです…


自分の感覚ではとても速く走っているしとっても気持ちよく走っている気でした。


100mも400mも自己ベストと遜色ないタイムで走れていました。


200mと110mHは走れなかった。。。


その関係性が少し分かった気がします。


競技暦14年目にしてまた少し勉強になったシーズンでした。





さてさて、昔話はこの辺で…


なかなか永い事「昔話」をしてきましたがこれで終わりです。


ブログを始めたのは2005年の11月。


そのブログの会社が潰れてしまったのでもう「遅咲きのハードラー」は残っていませんが…


約5年もブログを書いてきて文章も少しはうまくなったのかな??って思います。


実は今日で26歳です。


中学校から始めた陸上競技も、15年目のシーズン。


昔話でも書いたように自己ベストを出したのは20歳の7月。


もうすぐ6年が経過しようとしています。


が7年目はどうやら無いようです。


引退?


違います。





来年の誕生日では13秒台ハードラーなのですから…笑

これからのGenko-Motoに注目です。










天邪鬼で
みんなが良いと言えば悪いと言う。
悪いと言えば良いと言う。
変人ですが…
逃げたかったときも
諦めたかったときも
色々な人が助けてくれました♪
本当に感謝しております♪
皆様の応援が間違いなく自分の力になっています。
これからも応援よろしくお願いします!!
















                                                         2010.02.17

続・昔話。その後7

2010年02月28日 02:28

「続・昔話。その後7」






2007年。


岡山登録元年は、練習していない割に!!


っていう感じでした♪


まだまだこの時は岡山県での知り合いも今ほどはいなかったのです。


翌年、冬季練習を積めた2008年に色々な人と知り合いになっていきます。


冬季練習の成功を感じたのは早くも3月の少し暖かい日の土曜日でした。


昼から仕事だったために商大ACのボスに200m加速走を測ってもらった時でした。


調子が良くて物凄く動いた日。


そのタイムは20”7くらいだったと思います。


加速と言えど今までで走ったことの無いタイムです。


そしてシーズンに入り5月の香川選手権で14”14というタイムをたたき出します。


4月、5月と出る試合出る試合が全部大会新記録だった記憶があります。


7月の岡山県選手権では念願の県選手制覇もしましたし♪


県選手権の後に行われた国体選手権の200mでは+2.0ながらまさかの自己記録21”36を出します。


あれには僕自身もさることながら周りも驚いておりました。


ノリノリで押せ押せで200mの勢いのままに13秒台を出してやろうと思った矢先でした、


直後ウエイトの最中に背筋を肉離れしてしまいました。


日常生活に支障が出るくらいに悪かったです。


前兆はあったのです。


5月くらいから前屈をすると左の裏腿がずっと突っ張った感じになっていたのです。


しかし学生時代にも右の裏腿が同じ症状がありましたが、坐骨神経痛と診断されていたので同じ症状だと思い込んでおりました。


もしかしたらあの時も肉離れしていたのかもしれません…


今思うとあの肉離れから若干歯車が狂っていったのでしょう。


肉離れを恐れて大きく走れなくなっていたのだと思います。


中国選手権では超追い風の中、なんとか3位に入って翌年の日本選手権の出場権は確保しましたが秋の試合は酷かった…


100mは11秒ちょっとで200mも22”4くらいかかっておりましたから。


ハードルも14”6か7くらいでしたね。


もはや春先と夏場の力は無かったのです。


春・桜が咲き


夏・向日葵が咲き


秋・秋桜は僕には咲かなかった…


改めて怪我の恐さを知ったシーズンとなりました…













byGenko-

続・昔話。その後6

2010年02月25日 02:25

「続・昔話。その後6」


中国選手権が終わってから試合の数が少なく順調に練習を積む事が出来た秋の香川カーニバルという試合。


何の気なしに200mにエントリーしていました。


僕はそのレースで、自己ベストと遜色ないタイムを叩き出します。


21”49…


100mと110mHは自己ベスト塗りかえれる可能性はあると思っていましたが


200mはまずないだろうと思っていました。


それは、社会人になって走る練習が少なくなりましたから持久力を要する200mの自己ベストはまず無いだろうと考えました。


それがどの種目よりも先に自己ベストと同じくらいのタイムが出せたって事に驚きました。


この辺から「感覚」というものを大事にするようになります。


もはや練習量なんてものは関係なかったのかもしれません。


110mHに対する期待が高まる中、社会人2年目のシーズンである


2007年は幕を閉じていくのであります。






続きは30日♪





byGenko-

続・昔話。その後5

2010年02月20日 02:20

「続・昔話。その後5」


僕にとって衝撃といいますか、ターニングポイントがここでした。


それは、現場の仕事も徐々に覚えてきた7月のある日の事でした。


部長に呼び出されて、部署移動を打診されました。


その辺で色々ありましたが僕は部署を変わることになりました。


現場から営業へ。


練習するための時間は格段に増えました。


なんて言ったって


日本にいるわけですから。


岡山にいるわけですから。


7月に部署移動があってから8月の中国実業団では4位か5位に入ることが出来ました♪


たしか公認で14”3台だったと思います。


その試合でなによりも嬉しかったことは岡山県で1位だった事。


県選で敗れた方にも勝ちましたし県記録保持者にも勝ちました。


それをきっかけに益々自信が付きます。



「社会人でもやれるんだ!!」



って…


その辺から、学生時代に叶わなかった夢を再び追い求めることになるのです…


13秒台…



続きは25日…












byGenko-

続・昔話。その後4

2010年02月15日 02:15

「続・昔話。その後4」


そして全く冬季練習をしていないシーズン2007年が始まりました。


確か、シーズン初戦はゴールデンウィークの香川選手権だったと思います。


タイムはあんまり覚えて居りませんが14秒7くらいでした。


とても記憶に残っているのはゴールデンウィークに突然練習を積んだせいで過去に無いほどシンスプリントでした。


自分の走りに肉体がついていってないのです…


それから永らくシンスプリントに苦しめられます。


このシーズンはほとんどだったと思いますが…


ゴールデンウィークを明けるととてもしんどい仕事が待っていました。


海外に行く仕事は一段落して香川での現場作業。


それも黒い粉塵が舞う現場でした。


毎日毎日、会社を7:00に出てから香川に渡り


会社に帰るのは18:00過ぎでした。


何がしんどいかって言うと、黒い粉塵が舞っているのでクソ暑い作業着の上からヤッケというウィンドブレーカーみたいのを着ていなければなりません。


それも5月6月のクソ暑い中です。


家に帰ってからシャンプーすると白いはずの泡が真っ黒になったものです…


しかし唯一の救いは「必ず日曜日は休み」だったことです。


そのおかげで試合には出れましたし、必ず家には帰れたので睡眠時間を削って練習も出来ました。


何度も逃げ出したくなりましたが耐え抜きました。


その間に県選手権がありました。


気合いを入れて臨んだ試合。


とある方に負けて2位でした。


でもタイムは14”5台と胸を張れるタイムでした。


悔しいのは悔しかったですが、なんか嬉しかった記憶があります。


まだ14”5で走れるんだって。


小さな自信にもなりました。


(ちなみに200mは22”5くらいかかり4位か5位でした…)





県選が終わった後に国体選考会がありました。


確かこの年の県選手権は全日本インカレの日とかぶっていたために、県記録保持者の大学生が出ていなかったのです。


しかしながら次の国体選考会には彼は現れました。


もちろん県選手権にて敗れた方も出場します。


岡山県No1を決める試合は実質この試合になりますよね。


国体選考会の前日台風で当日は風が強く吹いていました。


この試合、優勝しても国体に出場する権利を持っていなかったので練習がてら出場しました。


な、な、なんとレースの内容は2位でした。


県選で敗れた方には勝ちましたが県記録保持者には負けました。


しかしながらタイムは追い風参考ながら14”3台か4台でした。


あの時は相当な自信に繋がりその後の中国選手権へと続いていきます。


仕事はというと香川の現場への仕事も終わり一段落していた時に


その後の競技人生を大きく変える事件が起こります…








続きは2月20日の02:20に♪♪♪






byGenko-


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