タムラクション。タムラタラウンド。

2010年02月28日 18:55

2010.02.28


2月が終わりました。


怒涛の3月が始まります。


神崎山の競技場で岡山ACの面々とボスで練習しました♪


とりあえず、汗をかきたかったのでW-UPでは汗が垂れ落ちるまでUPしました。


最近走りの乱れを感じたのでミニハードルをとりいれました。


シーズン通してもしなければいけない練習なので出来るときは積極的に取り入れていこうと思います。


その後ハードルドリル・5歩ハードル・juniorハードルの5足短=8台


と流れて行きました。


その最中、岡山ACの面々が走っていました。


彼らの練習量には完全に脱帽いたします。


実は昨日、仕事終わって夜の練習の時に番長awawa氏は二部練までして付き合ってくれました。


とてもありがたいものです。


そして今日最後の練習は300m+100m。(35”8+12”2=48”)


あれだけ走っていたawawa氏はさらに付き合ってくれました。


ホンマにありがたい事。


しかしながらこのお方…速ス。
((;゚Д゚))ガクガクブルブル





そ~いえば、国体の時にお世話になった先生の中学校が神崎山に練習に来ておりました。


終わってから話しているとハードル跳んでる背の高い生徒が。


身長は180cmあるそうです。


それでいて一番低いハードル跳んでるから不思議に思っていると、な、な、なんと彼はまだ中学校1年生らしいです。


これまた末恐ろしい@@@


久々にあって先生とお話出来て楽しかったです♪♪♪





1月好調だったときにボスにこう言われました。


「心配せんでも好調は続かないから。」


その言葉の通り2月は我慢の月でした。


調子も体調も落ちました。


しかし頑張って苦手な量をこなす練習をチームメイトに引っ張られながらこなしました。


次に調子が浮上してくるのはいつになるのやら@@@


まぁ~どんな状態であれ真剣勝負で誰にも負けるわけにはいきません。


それが僕の信念なので。



2010.02.28-2
























byGenko-ちゃん

続・昔話。その後7

2010年02月28日 02:28

「続・昔話。その後7」






2007年。


岡山登録元年は、練習していない割に!!


っていう感じでした♪


まだまだこの時は岡山県での知り合いも今ほどはいなかったのです。


翌年、冬季練習を積めた2008年に色々な人と知り合いになっていきます。


冬季練習の成功を感じたのは早くも3月の少し暖かい日の土曜日でした。


昼から仕事だったために商大ACのボスに200m加速走を測ってもらった時でした。


調子が良くて物凄く動いた日。


そのタイムは20”7くらいだったと思います。


加速と言えど今までで走ったことの無いタイムです。


そしてシーズンに入り5月の香川選手権で14”14というタイムをたたき出します。


4月、5月と出る試合出る試合が全部大会新記録だった記憶があります。


7月の岡山県選手権では念願の県選手制覇もしましたし♪


県選手権の後に行われた国体選手権の200mでは+2.0ながらまさかの自己記録21”36を出します。


あれには僕自身もさることながら周りも驚いておりました。


ノリノリで押せ押せで200mの勢いのままに13秒台を出してやろうと思った矢先でした、


直後ウエイトの最中に背筋を肉離れしてしまいました。


日常生活に支障が出るくらいに悪かったです。


前兆はあったのです。


5月くらいから前屈をすると左の裏腿がずっと突っ張った感じになっていたのです。


しかし学生時代にも右の裏腿が同じ症状がありましたが、坐骨神経痛と診断されていたので同じ症状だと思い込んでおりました。


もしかしたらあの時も肉離れしていたのかもしれません…


今思うとあの肉離れから若干歯車が狂っていったのでしょう。


肉離れを恐れて大きく走れなくなっていたのだと思います。


中国選手権では超追い風の中、なんとか3位に入って翌年の日本選手権の出場権は確保しましたが秋の試合は酷かった…


100mは11秒ちょっとで200mも22”4くらいかかっておりましたから。


ハードルも14”6か7くらいでしたね。


もはや春先と夏場の力は無かったのです。


春・桜が咲き


夏・向日葵が咲き


秋・秋桜は僕には咲かなかった…


改めて怪我の恐さを知ったシーズンとなりました…













byGenko-


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