続・昔話。2005年

2009年10月12日 21:54


「続・昔話。2005年」


この年、僕にとって勝負の年でした。


競技続行を夢見ていた僕は、なにがなんでも結果を残して陸上のできる企業に就職したいと思っていたからです。
(b>д<)b


だから冬季は気合いを入れて走りまくって、突っ込みが甘いというハードリングの弱点も改善しました。


関西でのマイルの名門大学のK大にも毎週練習に参加させていただいて自分にとってすごく力になりました。


おかげで200mは5月に21”49というタイムを出すことができました。


夏には100mも10”78というタイムも♪
.。゚+.(゚ー゚)。+.゚イイ!!


しかしながらしかしながらです。。。


110mHのタイムが全くと言っていいほど伸びなかったのです。
;:il:il|;l|;il:i(-ω-`;)ll|l|il|;:il|!


春の織田記念で14”43。


4台を連発しました…


結局日本選手権・全日本インカレも予選落ちで…
Σ(゚д゚lll)ガーン


ハードルに関して言えば何をしてもうまくいかなかった。
(;一_一)


挙句の果てに、大学の監督には


「お前は4年間よくやってくれたよ」


って捨て台詞まで言われる始末…


3年までチヤホヤしてやがったのに…


そう心の中で思い。


周りの態度も徐々に変わっていき、僕は人を信じれなくなりました。
<(`^´)>


一人で夜な夜な原付で奈良まで行ったり。


景色の良い場所を探しては一人たそがれました。


その時の、名残が残って今でもたまに一人でふらふらしてしまいます。
(^_-)-☆





そんな中でも最後の関西インカレ2部も優勝して4連覇。


8月の九州選手権も優勝。


9月のチャンピオンシップはなんとか決勝に残ることができました。


この年は父の故郷である岡山で国体が行われる年だったので、なんとか国体に出場したかったのですが選んでもらえずに涙を飲みました@@@
(T_T)


結局は14”30くらいのシーズンでした。


かなり我慢の年でとても病んでいました…


この時に気がついたことが


「良い時はお陰様、悪い時はお前のせい」

タイムが良い時は周りの人は、絡んできます。


タイムが悪い時は周りの人は、僕のせいにしてきます。


あれをしてないから、あんなことするからと…


まぁ~~~何度も言うように当時は病んでましたから…
( 一一)


そんな僕も恩師のつてで陸上の出来る就職先を見つけます。


W専門学校の講師として北九州に帰ることになります。




PS。僕の知る限り大学3年時の14”01といタイムは、ここ6年・7年の関西の学生の最高タイム。
とても誇らしいですが関西学生から13秒台が長らく出ていないっていうのは淋しいですね…







END


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